令和8年熊本地震。また熊本で、大きな揺れを経験した日

2026年7月28日。

2026年7月の熊本地震後の新聞

その日は仕事が休みでした。

リビングで漫画『へうげもの』を読み返しながら、ゆっくり過ごしていた午後のことです。

突然、家全体がミシミシと音を立てながら大きく横に揺れ始めました。

体感では「震度6?」と感じるほどの揺れでした。
後から確認すると、熊本市中央区の震度は5強。

けれど、数字以上に長く、恐ろしく感じた地震でした。

揺れながら、まずNHKをつけた

揺れている最中、慌ててNHKをつけました。

2026年7月の熊本地震にて倒れた楽器のハードケースと香水瓶

震度7のテロップに唖然としました。

幸い、我が家の中は大きな被害はありませんでした。

テレビは耐震ジェルで固定していたため落下せず、棚の中の物も思っていたほど散乱していません。

ただ、この家は10年前と今回を合わせ、大きな地震を3回経験しています。

その影響なのか、外壁には以前より隙間ができています。

少しずつ積み重なっていくダメージを感じずにはいられませんでした。

娘から、すぐにLINE通話がかかってきた

揺れが収まって間もなく、東京にいる娘からLINE通話がかかってきました。

娘も2016年の熊本地震を経験しています。

何度もメッセージを送り合うより、まずは短い通話で無事を確認する。
そんな判断が自然にできるのも、あの日を経験しているからなのだと思います。

「大丈夫?」

「こっちは大丈夫。」

ほんの数分、お互いの近況を話しただけでした。
それだけで、不思議と気持ちが少し落ち着きました。

一方で気になったのは、スマートフォンのバッテリーです。

停電になるかもしれない。

そう考えると、電池が減っていくことが少し怖く感じました。

電気が使えるうちにと思い、MacBook、iPhone、加熱式たばこの本体など、充電できるものはすべて充電し始めました。

外へ出ると、ご近所さんも家から出ていた

揺れが収まって外へ出ると、ご近所さんたちも家から出てきていました。

特別な会話をしたわけではありません。

それでも、お互いの顔を見て「無事だった」と確認できたことで、少しだけ安心したのを覚えています。

災害のとき、人の姿が見えることは思っている以上に心強いものです。

部屋の中は、思っていたより無事だった

自室へ戻ると、立て掛けていたシンセサイザーのハードケースが倒れていました。
近くの棚に置いていた香水瓶が何本も床へ散らばっています。

2026年7月の熊本地震にて倒れた楽器のハードケースと香水瓶

恐る恐る確認すると、一本も割れていませんでした。

「香水瓶って意外と丈夫なんだな。」

そんなことを妙に冷静に考えていた自分がいました。

蛇口から出てきたのは濁り水

入れるうちにお風呂へ入っておこうと思い、お湯をため始めました。

2026年7月の熊本地震後の濁り水

ところが、浴槽へ流れ始めたのは濁った水。
キッチンも洗面所も同じでした。

後で浴槽の水を抜いてみると、底にはざらざらとした砂のようなものが溜まっていました。
地震の影響で水道管の中のものが流れてきたのでしょうか。
そんな光景を見ると、目立った被害はなくても、地面の下では確かに大きな力が働いていたことを実感しました。

すぐに備蓄していた保存水のペットボトルを開けます。

普段は使わないまま期限を迎えてほしいと思っている備蓄ですが、この日はその存在に助けられました。

また、前日、たまたま車のガソリンを満タンにしていました。
私は普段から、半分を切る前には給油するようにしています。

地震のあとのガソリンスタンドには長い列。
車道まで車が並び、売り切れで給油できなくなったスタンドも見かけました。

ピノは平常運転、小梅は息子のベッドの下

猫たちの反応は対照的でした。

2026年7月の熊本地震後の黒猫ピノ

黒猫のピノは、いつも通り。
一方、小梅は姿が見えません。

探してみると、大好きな息子の部屋、そのベッドの下へ潜り込んでいました。

2026年7月の熊本地震後の三毛猫小梅、怖がって、数時間ベッドの下から出てこなかった

息子はアルバイトへ出掛けていて留守でしたが、小梅にとって一番安心できる場所だったのでしょう。

何時間も出てきませんでした。

ようやく姿を見せたのは、ルンバが動き始めたあと。

それでも身体を低くして歩き、毛は逆立ったままでした。
小さな身体で、ずっと恐怖を抱えていたのだと思います。

10年という時間

数日前、私は2016年の熊本地震について書いたばかりでした

当時、小学生だった息子は地震にとても敏感になり、気分転換も兼ねて東京に住む父のところへ預けました。

その数日後に、また熊本で大きな地震を経験するとは思ってもいませんでした。

今回は揺れが収まると、「じゃあ、行ってくる」と息子は普段通りアルバイトへ向かいました。

もちろん怖くなかったわけではないと思います。

でも、10年前とは違いました。
時間はちゃんと流れていたんだな、とそんなことを思いました。

私はというと、翌日はいつもより早い時間から仕事。
転職先は、こういうときほど忙しくなります。
数日経った今も、どこか慌ただしいまま過ごしています。

2016年の地震後の息子について書いています。

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