ピチカート・ファイヴ 「ベイビィ・ポータブル・ロック」|30年後に聴こえたもの

baby portable rock pizzicato five

ピチカート・ファイヴから野宮真貴、そしてヒャダインへ 1/3

1996年春、お付き合いしていた人が、7インチレコードを買ってきてくれました。

「ハニー、お前さんが喜ぶと思って。」
そんな表情が、今でも思い浮かびます。

ピチカート・ファイヴの「ベイビィ・ポータブル・ロック」。
もちろん嬉しかったです。

だから、すぐにレコードプレイヤーにセットして針を落としました。

でも当時の私は、少しだけ複雑でした。
この曲はキャッチーで、とてもポップ。
ピチカートって、キュートでポップで洗練されている一方で、どこかひねり、距離、アイロニー、悪趣味すれすれの遊びみたいなものに私は反応していました*注。

なので、私はベイビィ・ポータブル・ロックに対して「ちょっと真っ直ぐすぎるかな」と感じました。

baby portable rock pizzicato five

それは、このレコードを選んでくれた彼自身にも、どこか重なりました。

彼は、とても優しくて、背が高くて、細身で、顔立ちもきれいな人。

Mr.Childrenの「シーソーゲーム」を気持ちよさそうに歌い、福山雅治が好きでした。

ひねたところなんて、まるでありません。

私は、少し違いました。
同じポップミュージックが好きでも、そこに自分好みの狂った部分がないと、どうにも物足りなかったのです。

だから、お互いに理解できない文化も少しだけありました。

そういえば、彼は私があまりにもひねたことばかり言うので、ある日こう言いました。

「お前さんが電気グルーヴかい?」

彼なりの皮肉だったのだと思います。
でも、その言葉を聞いた私は大喜び。
私が好きなものを、ちゃんと覚えていてくれたこと。
そして、自分の少し面倒くさい部分まで見てくれていたことが、嬉しかったのです。

けれど、彼はあくまで真っ直ぐな人でした。
そんな彼が、私を見てそんな言葉を選んだこと。
そこに、少しだけ申し訳なさと寂しさを感じました。

レコードプレイヤーは、前年、1995年の冬に発売されたピチカート・ファイヴコラボのブルーのポータブル。
これも、彼がプレゼントしてくれたものでした。

大喜びしました。

購入特典は、ピチカート・ファイヴのTシャツ。

当時の私には大きすぎたので、「着なよ」と彼に譲りました。

ピチカート的な雰囲気なんて、ほとんど持っていない人だったのに、不思議と気に入って着ていました。

私の好きなミュージシャンのTシャツを着ている。

それだけで、贔屓目込みで五割増し。

いや、もう少しかっこよく見えていたかもしれません。

彼は、ピチカート・ファイヴが好きだったわけではないのです。

私が好きなものに寄り添ってくれ、喜ばせたかっただけなのです。
なんて恵まれた状況だったのでしょう。

恋人は、私の家のデスクで『ねじまき鳥クロニクル*注』を開いていました。
私は横で「ねえねえ!」と話しかけてばかりいて、たぶんかなり邪魔でした。

このレコードを受け取ってから、まもなく私たちは別れることになります。
この曲が真っ直ぐすぎると思ったことと、彼に物足りなさを感じたことは、どうやら同じだったようです。

BGMではなく、30年ぶりにしっかり聴く「ベイビィ・ポータブル・ロック」。
当時はつまんないと思っていた、その軽やかさが今は心地いい。
ヒャダインのアレンジを通ってきたからでしょうか。

音楽は変わりません。

変わったのは、聴いている私のほうでした。

baby portable rock pizzicato five

カラフルな正方形ジャケットは、つい飾りたくなります。

ピチカート・ファイヴから野宮真貴、そしてヒャダインへ 2/3

ピチカート・ファイヴから野宮真貴、そしてヒャダインへ 3/3

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