大学受験は40日間の東京フィールドワーク

イギリス生活はこれからだゼ!という中、「もう帰国するように」と言われた。

うっそだろ。
しかし今思えば、学費も出してもらい、仕送りももらいながら遊んでいる。
全て母と祖母のおかげである。

そうして帰国してから、今度は東京の私大芸術学部を受けると言うと、親の方がうっそだろ、という顔をした。

いや、そもそも、日芸に行きたいとは高1から希望してたの知ってるでしょwww
東京で大学生として生活している友だちや、ロンドンで知り合った東京の女子大生などが、母を説得してくれた。
イギリスより近いということで、思ったより早く陥落。

わーい!

そうと決まれば、願書、赤本での対策。

今の私が、我が子に同じようにと言われても、ちょっと厳しい。
けれど、どうにかしようと奮闘はすると思う。

親は、滑り止めも受けろと言う。
はいよ。
東京滞在が長くなって、ラッキー。

受験対策は、赤本で過去問を2〜3周して完了。
必要なことは把握した。間違えたところは潰した。以上。

念のため、予備校にも入学してみたけれど、行かなくてもいいわ。
ほんっとごめん、親!
いつも朝のテストだけ受けて、本屋行って、ミスタードーナツでコーヒー飲みながら、本読んでた。

そして、いよいよ受験。

この受験は40日間に渡るものとなった。

なので、高校時代からの友人2人、イギリスで知り合ったお姉様2人を頼ることにした。

府中

まず、羽田空港に到着後、バスに乗って府中へ。
ここには、高校時代のテクノポップ相方が家族で住んでいる家があった。
1週間ほど、お邪魔しまーす。

友人の蔵書をゴロゴロしながら読んでいる。
彼女の家には熊本時代にも泊まったことはなかった。

というか、今振り返ると、大胆すぎる。
一家の住んでいる家にフツーに、食卓も囲んで…。

朝の南武線では身動きが取れず、背中が痛い!
なんだこれは!
びっくりした。

駅

文京区

次にお邪魔したのは、イギリスで知り合った実家暮らしの女子大生のお姉様の家。
3階建て!?
熊本では、あまり見たことがなかった。
ちょ、イギリスで遊んでいたときより、スッゲーお嬢ではないですか。

しかも、少し前に熊本に遊びに来てくれていたときは、ユースホステル宿泊だったよね?

今のようにGoogleマップのストリートビューで確認できる時代ではなかったので、そのギャップも面白いといえば面白かった。

そして、受験の日、「自転車貸してください」と申し出たら、お母様がかなり怪訝そうになって「タクシーで!呼ぶから」って展開に。
おまけに、タクシー代まで持たせられてしまった。

しかも、受験後、その友だちと銀座で待ち合わせて遊んだ。
携帯電話のない時代のことである。

溝の口

ひとまわり以上のお姉さんの家。
川崎駅からすぐの実家を出て、溝の口にひとり暮らししていた。

私とお姉さんは、たまたま、同じ服の色違いを持っていたり(今のような大量生産ユニクロはなかった)、気が合った。
お姉さんの誕生日、ロンドンで、一緒にピアスホールを開けにセルフリッジ(百貨店)に行ったり、グリニッジに遊びに行ったり、ロンドンから海外旅行に出たこともあった。

まだ、丸井溝の口ができる前で、闇市のような風情が残っていた。

渋谷へすぐに出られるので、西武帝国カルチャーを目一杯浴びに通っていた。

お姉さんは美大出身で、アート系のお仕事をしていた。
私たちは作る惣菜の好みも似ていて、互いを喜ばせるのが楽しかった。

受験の合間の息抜きで宿泊。
また戻ってくるけれど、一旦、今度は三軒茶屋へ。

三軒茶屋

高校時代からの友人が大学生として、ひとり暮らしをしていた。

小さなお部屋に、居候。
プライバシーもへったくれもない。
今思うと「ごめん、ありがとう」と思うよ。

ここはまた、下北沢まで歩いて行けるし、渋谷もすぐ。

東京

熊本時代に、青葉台に住んでいた幼馴染のラガーマンを彼女に引き合わせもしていた。
なので、駒澤大学前だったかのメキシコ料理店で数名で夕食を豪快に食べたりも。

受験で来ているんですけどね。

でも、三茶の中古レコード屋さんで見つけたボッサコンピは、まだ今も愛聴盤。

ここから受験した学校では、なぜか私は同じ受験生の女の子たち何人かに「学食行こうよ!」と声をかけて仲良くなった。
ウケる。

受験なのに、ゆるい。
しかも、いつも遊んでる。

遊んでいることが、私は精神統一なんだと思う。
平常心。

溝の口・2

友人が旅に出るとのことだったかで、私は、また溝の口へ。

いや、流石に人様の家を留守中までいるほどのことはできません。

ここから、いよいよ日芸の受験へ。
前日の夜、お姉さんが「ハニーちゃん、お弁当に使って」とベーグルを買ってきてくれた。
「池袋の乗り換えは混雑するだろうから、気をつけてね」とも。

大根とツナのマヨ胡麻サラダとかを作って、サンドし、持参した気がする。

前日、このサラダが美味しすぎて食べすぎた。
当日、お腹が痛すぎる!
汗が滲む。
池袋まで間に合った。
盛大に下して全ての不要なものを出し切った。

よし!
スッキリした?はず?なので?いけるでしょ。
う〜、まだ痛い。

受験後、また乗り換えの渋谷で遊ぶ。
というか、この期間が一生で1番無駄に渋谷にいたと思う。
学生でもない。
仕事もない。

いよいよ、受験も終わり。
もう、かさばるもの買ってもいいでしょ。
WAVEでアルマンド・トロヴァヨーリの「黄金の七人」のレコードなどを買った。
オマケにポスターがついていた。

実は、このアルマンド・トロヴァヨーリセット、ずっとお姉さんちに置きっぱなしである。
そして、現在は互いに交流は途絶えている。

再び、三軒茶屋

合格発表を控えて、まだ東京にいる必要がある。

また、旅から戻った三茶の友人宅へ。

そして、日芸、合格!

やっほ〜う。
めっちゃ、受験生が多かった。
団塊ジュニアなので、倍率もすごかった。

合格したため、今度は家探しである。
ある程度、目星がついた状態になった。
府中の友人も合流して、3人で不動産屋へ。

部屋も無事契約できた。

溝の口のお姉さんが、合格祝いに二子玉川でお茶をご馳走してくれた。

都営バス

ロンドンは初めての海外だったが、特に乗り換えだったりに困ったことはなかった。
そして東京は、受験会場というより、巨大な遊び場だった。

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