乳がんで乳房再建後、インプラントを抜去した

「インプラントを抜去した体験記」ではありますが、私にとっては、好きな服をまた好きなように着るための話でもあります。

2025年4月に再建した右胸のインプラントを取りました。

2021年6月にインプラントを入れてから、4年弱でした。

なぜ取ったのか。
シリコンインプラントに対して、かなりの違和感があったからです。

硬い。

脂肪だったら、自分の腕が当たっても、沿うのです。
それが当然すぎて、インプラントに対して想像ができていませんでした。
右胸再建だったのですが、右腕が硬いものに当たる。
変なの。

ちなみに、皮膚を伸ばすために入れていたエキスパンダーでは、違和感はありませんでした。

また、造形はいい。

裸であれば。

下着には、苦戦しました。
下着というか、服のラインですね。

もっさりするのです。

これは、最後まで先生には言えずじまいでした。
だって、せっかく綺麗に作ってもらえて、精神的にも充足するように考えてくださっている中、服が思うように着られないって、ちょっと恥ずかしかったのです。

乳がん全摘で、服がへんちくりんになる話という記事でも、『横幅はコンパクトに。』と書いていました。
再建したところ、バージスラインがとても広くなってしまいました。
横幅が広い状態で、だらしないように感じました。

そして、ゴツい。

バージスラインとはバストとボディの境目のことで、ブラジャーのワイヤーが当たる下胸のカーブした輪郭のことをいいます。

トリンプ:バージスラインの特徴や役割、狭くする方法、ブラジャー選びまで解説!より

バージスライン
Geminiに作ってもらった図解

なんと、再建して、バージスラインに合わせることになった私のアンダーバストは85となってしまったのです。
それまでから10〜15cm広いものにしないと合わない。

これは大変なことですよ。

豊胸でもシリコンを使うのでしょうが、脂肪がそもそもある状態で、そこに入れるのと、私のように脂肪がほとんどない状態に入れるのとでは、状況が違うのではないかと思います。

私の場合は、脂肪がほぼないところを、シリコンに任せることになりました。

それが、服を着たときの違和感につながっていたのだと思います。

先生のことは信頼しているので、もう少し様子を見てみようと、服の着こなしのことは言わずに定期検診に通っていました。

しかし、やっぱりダメだ。
思い切って言う!

高校生が愛の告白をするような気分で言いました。

「先生、インプラントを抜きたいのですが…」

驚く先生。

「どうしましたか?インプラントによるリンパ腫の心配ですか?」

「違和感があって」

「そうですか。たまにいらっしゃいます」

そうなんだ。
自ら抜きたい人はいるんだ。

「どの角度からも綺麗に作ってもらっていたので、気が引けていたんですよ」

「シエントラの雫型だったんだよなー」

先生の材料への愛も感じました。
入手しづらい時期でもあったのです。

「では、手術はいつにしましょうか?すぐ抜きたい?」

「はい、早ければ嬉しいです」

そんな流れだったと思います。

きっと、同居している母から見れば、何を言ってる?と不思議だったと思います。
自分で希望して検診でも問題ないものを?
たぶん人生の随所で、「また自分で選んだものを自分でやめてる……」的な。

先生が素早く看護師さんにオペ予約の指示を入れるところに一言。

「手術は別の先生になります」

「え?」

何事か?
先生は言いました。

「今月いっぱいで辞めるんですよ」

「開業ですか?」

「いいえ、別の病院に」

「ついて行きます!」

先生は笑っています。

「じゃあ、僕がやりますけど、紹介状書きますね」

自分から自分への紹介状って、先生にとってもユニークな状況だったと思います。

先生の新しく勤務される病院は、近くに〇〇があったなと思い、それを口にすると少し考えた先生は

「よく知ってますね」

とさらに笑ってらっしゃいました。

なぜか私は入院前に、その病院を確認がてらサイクリングしました。
往復30kmくらい。
なんだったんだろう。

そして、先生の新しい職場である病院に紹介状持参で、受診しました。
先生「ここでは、はじめまして」「早く手術したい?」「金曜日!どうです?」リズミカルかつスムーズに決定。
術前検査を受けました。
肺活量、好調。

病院受診の後、ロクなパジャマがないことに気づき、調達。

入院前日、先生より電話あり。
普段処方され、服用している薬の1種が麻酔に影響するとのことで、飲まないようにという連絡でした。

そうして、このために新調したKindleを持参して、車を運転して病院へ。
仕事もお休み。
ヒャッホ〜ウ。

このときには、母は免許を返納していました。
なので、同行してもらっていましたが、タクシーで帰ってもらいました。
どうしても、ひとりで全て完了させることができない仕組みなんですよね、手術入院など。

翌日は手術。

記録を見ると、売店でチョコモナカジャンボを買っていました。

そして手術。

ここでも、母に来てもらう必要があったのです。
「熊本市電に乗って、JRに乗り換えて、そこから〜」と説明するのですが、何しろ、母は駅メモラーではないし困った顔をします。
結局タクシーを利用してもらうことになりました。
このタクシーが、現代の地方都市では曲者で。
電話をかけてもかけても前日ではどこも予約を受けてくれなかったとのこと。
どうにかなりましたが、困ったものです。

本題に戻り、手術は結構、あっという間に終わったとメモしていました。
術後は、あまり痛みや不具合はなかったようです。
むくんでいるくらい。

看護師さんに「若い!」と驚かれたこともメモしていました。
「同じくらいに見える」とのことで、看護師さんに年齢を伺うと30代と。
ありがたや。と書いていました。

入院中は、Kindleで『きのう何食べた?』の当時の最新刊を購入したり。

入院

1週間も経たず、朝イチで抜糸し、退院でした。

今回の抜糸は、スルスル〜と抜かれるもので、感覚が伝わりました。
そして、いつも通り、テープまけしていました。

早い時間に自分の運転で、気分よくスタバのドライブスルーを利用して帰宅。
浮かれています。

入院中、あまり動かないからか便が出ませんでした。
結局便秘のままで、出すまですごく苦しく、入院や手術より、これがきつかったようです。

2週間後。
検診。

「すっきりしましたか?」

「すっきりしました!」と即答し、失礼だったかも…と思いました。

「もっとボリュームのある方ならわかるんだけど」と先生。

笑ってしまいました。

体液も13mL抜いてもらいました。

これで、先生との5年ほどのお付き合いは終了となりました。
切ない。

帰りに、インウイのリップを購入しました。

inouiリップ

もう随分減ってしまったけれど、私の勝負リップです。

そして、気分のせいもあるかもしれませんが、とても身軽になりました。

1ヶ月後、落ち着いたので下着もこれまでのものは処分して、お買い物に行きました。
やっぱり、アンダーが違う。
このときは75まで戻りました。
10cm違うって、やっぱり事件ですよ。
ショップでの試着の際、こちらも上から着てみてくださいと渡されたタンクトップ。
シルエットが全然違います。
これならば、なかなか着られなかったTシャツももたつかずに行けると確信しました。

そして、職場で「痩せた?」と声をかけられて。
体重も影響するけれど、服を着たときのシルエットって印象を大きく変えます。

インプラント抜去の手術。
好きな服を着られるって、自分にとってとても大切なことなんだと痛感しました。

服装自由の場合は、これで解決したのです。
ところが、ある程度保守的な服装だったり、自分でコントロールできない格好だったりすると、また服のシルエットに困ってしまうのでした。

この手術をした頃は、服装自由の職場で、自分の好きな服を着ていました。
その後、服を着せる側の仕事をして、さらに今は、服装について自分で完全には決められない職場にいます。

1年ちょっとの間に、転職2回。

身体のことを考えて、服のことを考えて、仕事が変わって、また服のことを考える。

思っていたより設定変更が多いです。

情報提供のみを目的としています。
医学的なアドバイスや診断については、専門家にご相談ください。

乳がん治療の記録をまとめています。

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