「所帯じみた生活」に抗いたかったあの頃。―18歳の私が受験勉強より真剣に読んでいた『an・an』インテリア特集
手元にある古い雑誌をめくる。

『an・an』803号、1991年12月20日。「住まいについて考える」特集。
これを買ったのは高校3年生の時。
当時の私は、実家の「生活感」に猛烈な不満を抱いていました。
中途半端な機能の家電、統一感のない食器、そして何より、おしゃれとは程遠い家具。
岡崎京子の『ジオラマボーイ・パノラマガール』だったでしょうか。
作中で、実家のポットの柄を「所帯じみてて変なの」と嫌悪する描写がありましたが、当時の私はその一言に、首がもげるほど共感していたのです。
「なんでうちのコップはデュラレックスじゃないの!」
「変なカーテン!」
「粗品の皿!」
理想と現実のギャップに悶々としていた私にとって、この『an・an』はいつか家を出て一人暮らしをするための、完璧な「参考書」でした。
「すのこのサンルーム」という憧れ
この号の表紙の右下、小さなカットを今でも鮮明に覚えています。

「ベランダにすのこを敷きサンルームのように使ってみる」 という提案。
熊本から飛行機で東京へ行くと、羽田よりモノレールで都心へ向かいます。
車窓に流れるのは、オンワードやイトキンといったアパレルメーカーの巨大な倉庫街でした。
「あの倉庫にあるクラブ『芝浦GOLD』には、今夜も尖った人たちが集まるんだろうな」 なんて背伸びした想像をしていると、やがてマンション群が現れます。
長方形を斜めに切り落としたような、ルーフバルコニーのある建物。
それを見るたび、私は『an・an』の表紙を思い出していました。
「日焼け止めを塗れば大丈夫」と本気で信じて、陽光降り注ぐバルコニーでの暮らしを夢見ていたあの頃。
今では「紫外線で、日光浴どころじゃない!」と即座に現実に戻ってしまいますが、あの頃の無知な情熱が少しだけ懐かしくもあります。
そして、あの頃モノレールの車窓から眺めた風景は、今でも私にとって特別なものです。
羽田から都心へ向かう際、京急の方が便利なこともあるけれど、私はどうしてもモノレールを選んでしまう。
高く持ち上げられたレールの上を滑るように進み、運河や倉庫街の向こうに都会のビル群が迫ってくるあの景色。
それは今でも私にとって、夢が外へと広がっていく「可能性の象徴」なのです。
憧れから、日常の「相棒」へ
誌面に載っていた雑貨たちは、今見返すと意外にも等身大でした。
東急ハンズ渋谷店や、無印良品の三軒茶屋店。
決して手の届かない贅沢品ばかりではなく、背伸びすれば買える「本物」が並んでいました。
なかでも、こうした特集の常連だった 「F.O.B CO-OP」。
「アンアンに出ている店なんだから間違いない」という、ある種の信仰心に近い気持ちで、ラフォーレ原宿店にて椅子を一脚、買ったことがあります。
それは私にとって、自分の空間を自分で定義するための、最初の静かな宣言だったのかもしれません。

この椅子は、猫たちが爪とぎに心地よいようで、あちこち欠けています。
それも愛着として、人も猫もお気に入りの椅子なのでした。

50代、住まうことへの情熱は変わらず
あれから30年以上が経ち、私は50代になりました。
今の関心事は、持ち家からマンションへの住み替えや、自分に合わせたリフォームのこと。
動く金額も考えるスケールも、18歳の頃とは比べものになりません。
けれど、インテリアと向き合う時のあのワクワク感——「もっと心地よく、もっと私らしく」と願う気持ちの根っこは、1991年のあの冬から、ずっと変わっていないような気がします。







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