母が育てたアマリリス

私の母は、昔からかなり自由です。

家業の会社を切り盛りしていた頃は、とにかくパワフル。
顔が広く、人望もあって、地方から娘(私)を関東の芸術学部へ送り出してしまうくらい勢いがありました。

ただ、そのエネルギーを外で使い切ってしまうのか、家では昔からおかしなくらい、マイペースでした。

子どもの頃、お稽古事の送り迎えをしてもらったことは、ありません。
私は自分で電車に乗って通っていたし、かなり早い段階で「自分のことは自分でやる」が身についていた気がします。
大学の入学手続きですら、金額などを尋ねられた私が、渡された大金を指定銀行へ出向き、振込までも自分で行いました。
ちょっと怖かった思い出です。

そんな母も70代後半になりました。

最近は猫たちのお世話に全力投球していて、本人の中ではかなり大切な任務のようです。

ただ、困ったことに整理整頓が絶望的に苦手。

「大切だから」と、あらゆる書類を取っておくのです。

クシャッとなった歯科検診の結果。
謎のメモ。
封筒。
読み返す気配のない書類。

そして、それらはなぜかリビングへ集まってきます。

ソファの上。
椅子の上。
テーブルの端。

どうやら母の中では、ソファや椅子も収納家具としてカウントされているようす。

しかも厄介なのが、「まだ大丈夫」と思っているうちに、一気に侵食が進むことです。
なので私は、他の人から見たら「まだそこまで散らかってなくない?」くらいの段階で片付けを始めます。

先日も、私はギャンギャン言いながらリビングを片付けました。

「ソファは座る場所!」
「なんでこれ全部取ってあるの!?」

ところが、母はぽかーんとしています。

こちらが熱弁していても、途中で急に、

「あ、あっち気になる」

という様子で黙って別の場所へ歩いて行ってしまうのです。

「いや、今話してたよね!?」

「何言いよるか聞こえんけん、ふとか(大きな)声で話してー!」

は?ここ、山里じゃねえし!

10年ほど前、ルンバが我が家に導入されました。
単なる新しい家電への興味半分、もう半分は、母が床を“収納場所”にしないためでした。
これは思いのほか成功しました。
ルンバは文句を言わない代わりに、床に置かれたものを無言で立ち往生します。
そのせいか、母もさすがに床へ置かなくなりました。

面白いのは、その後です。
今度は「ルンバに部屋を完全制覇させたい」という気持ちが強くなり、起動前には、ゴミ箱、小さな飾り椅子、体重計などが次々と高い場所へ避難させられます。
おかげで床だけは、妙にきれいです(笑)。

子どもの頃の私は、そんな母をどこか「ちゃんとしていない人」として見ていました。
外ではあんなに仕事ができるのに、どうして家の中はこうなんだろう、と。
しかも母は、平気で人の鞄を開けるのです。
当時書いていた創作ノートを勝手に出して覗き見されるのが、本当に嫌でした。
妹にはそんなことをしないのに、なぜか私には遠慮がありません。

その頃は「普通はそんなことしない!」と真っ向から腹を立てていたけれど、今なら、境界線への感覚がかなり独特な人だったのだと分かります。

年を取って世話が焼けるようになったというより、この人は最初からこういう自由で凸凹した生き物だったのです。

色々工夫して伝えても、結局「だめだねw」と笑うしかありません。

この内容についても、確認がてら本人の前で音読しています。
母は笑っています。
途中で別のことが気になって、やっぱり、ふらっとどこかへ行ったりもします。
「ほら、また聞いてない!」
と言いながら、私もつられて笑ってしまう。

陽気なレトリーバーが、目の前を通り過ぎた蝶々を気になって追いかけるような感じ。

ちなみに母は花を育てるのが好きです。
AIアプリで植物の名前なども「やっぱりね」などと言い、楽しそうに調べています。
毎日家のどこかに、母の育てた花が生けられています。

母が育てたアマリリス

母が育てたアマリリス