上野、アメ横のガラクタ貿易に入る娘をフィッシュアイで撮影

昔のFlickrを、ふと見返しました。

もうログインもできなくて、画面の向こう側に手が届かない感じだけが残っています。

でも、その中にひとつだけ、どうしても忘れられない言葉が。

I fucking love her, her daughter and her photos

i fucking love her, her daughter and her photos.

海外のクリエイティブディレクター、Norman Hathawayが、私のプロフィールに残してくれていた一文。

まっすぐな言葉。
これはたぶん、「写真がいい」という意味だけじゃない。

作品と生活の境目ごと、まるごと肯定されたような感覚でした。

そして、別のコメントでは、
「幼い。でも、それを恥じていないのがいい」
そんなニュアンスの言葉も残っています。

I fucking love her, her daughter and her photos

あの頃の私は、少し幼くて、無防備で、どこか危ういバランスのまま立っていました。
今もだけど。

2005年という時代を思うと、なおさらそう感じます。

当時、私はすでに学生ではなくお母さん。
それでも大学の写真学科で過ごした時間(在籍は1996年頃まで)の感覚は、ずっと残っていました。

だから、いま思えば少し面倒くさいくらい、写真にはうるさかったと思います。

すでにコンパクトデジタルカメラは持っていました。
それでも、わざわざ35mmフィルムで撮って、スキャンして、PCで整えてからアップしていたのでした。

Flickrの私のアルバムの一部

創作は好きでしたが、それを仕事にする道は選びませんでした。

同級生の中には、出版社や新聞社に進んだり、スタジオでアシスタントとして働いたり、写真の道に進んでいる人もいました。

もちろん全員ではないけれど、その世界はなかなか厳しそうに見えたのです。

だから私は、最初から、カメラマンになることは諦めていました。

あの一言は、ただ受け取って終わりにするには、少しもったいなかったのかもしれません。

コメントを書いてもらって、写真に反応をもらって、遠い日本で、それをニコニコしながら読むだけでした。

それだけで、十分に励みになっていたのです。

ベーグルが好きだと書いたら、ノーマンも好きだと。

たったそれだけのやり取りなのに、少しだけ距離が縮まった気がしていました。
遠くにいる相手と、同じものを好きだと確かめ合える幸せ。

いま、そのアカウントにはログインできません。

ちゃんと手続きをすれば取り戻せるのかもしれないけれど、まだそこまではできておらず。

これは“褒め言葉”というより、“世界観ごと肯定された記録”でした。

上野、アメ横のガラクタ貿易に入る娘をフィッシュアイで撮影