
2020年の初夏。
私は引越し先を探していました。
そして出会ったのが、熊本で一番古いと言われる分譲マンション。
内見で扉を開けた瞬間、そこに広がっていたのは、飾り気のない空間でした。

普通なら、少しだけ眉をひそめるような条件かもしれません。
でもそのときの私は、むしろ確信に近いものを感じていました。

「あ、これは化ける。思いきり手をかけたい」
6・6・4.5の3DK、日当たり良好。
部屋からは熊本城や街中が見渡せる。
子ども2人と一緒の引越しでした。
娘もその空気に、ワクワクしていたのを覚えています。

この選択は、初めてではなかった
実は“古い建物に住む”という選択は、このときが初めてではありませんでした。
以前、新宿区にて。
当時築60年をゆうに超える、数十人が暮らす大きな下宿のような建物の中に、家族で住んでいたことがあります。
その一角、管理人用の住まい。
決して広くもない場所でしたが、不思議ととても快適でした。
人の気配と建物の時間が重なり合っていて、そこには“整いすぎていない安心感”がありました。
そしてその建物はいくつかのドラマのロケ地にもなっており、誇らしいような気持ちになりました。
建物が持つ「徳」と、温かな住人たち
さて、熊本のこの物件。
住み始めてまず驚いたのは、建物そのものよりも“人の空気”でした。
管理会社、大家さん、仲介の不動産屋さん。
どの方も丁寧で、この建物が長く大切にされてきた理由が自然と伝わってきました。
そして何より、住人の皆さん。
エレベーターを待つほんの数十秒のつもりが、気づけば話が弾み、蚊に刺されながら15分。
いや、15分どころか、30分だったかもしれません。
おしゃべりしながら「おかえりなさーい」と何人もの人に声をかけたり。
そんなことが普通に起きる距離感でした。
お節介すぎないのに、ちゃんと温かい。
そのバランスが、この場所の一番の魅力だったのかもしれません。
“化けさせる”ためのキャンバス選び
内見時に見た、床と白い壁。
一見すると古さが目立つだけの空間でしたが、私には違って見えました。
どんな色の家具を置いても負けない、むしろ受け止めてくれる余白。
そう感じたのです。

実際に暮らし始めてからは、元々使っていたイエローやブルーのチェスト、マゼンタのキャビネットを配置しました。
すると古い建物の質感が逆に引き立ち、どこかパリのアパルトマンのような“チープシックな空気”が生まれていきました。

完璧に整えるというより、少しズレを残したまま成立する空間。
それが心地よかった。
この家をどう変えていったのか
初夏から冬にかけて、この住まいは、完成形ではありませんでした。
照明を変えること。
床を整えること。
ベッドを迎えること。
ひとつひとつの選択で、少しずつ“自分の暮らしの形”へと近づいていった場所です。
その過程は、この記事ではとても語りきれないので、これから少しずつ記録していこうと思っています。

照明編、床編、家具編——
それぞれが、この空間を作っていく小さな設計図のようなものです。
繁華街という合理性を住みこなす
このマンションは、とても便利な繁華街にありました。
繁華街に住むということは、歩いて完結すること。
書店もスーパーも、喫茶店も、デパートまでも徒歩圏内でした。
あるときは娘が弟と豆花&中華粥の専門店へ行って美味しかったからと、私へ持ち帰りでその豆花を買ってきてくれたこともあります。
・街そのものが生活圏になる感覚
・移動が“義務”ではなく“選択”になること
交通費もさほどかかることもなく。
東京時代は、そういった意味で最終的には新宿区に暮らしていました。
また、鉄筋コンクリートの建物は、季節の極端さも和らげてくれます。
夏の暑さ、冬の冷え込み、一戸建てとはまるで違います。
それは思った以上に、静かな快適さでした。
そして、マンションを後にする
やがて娘は東京へ、息子も進学で家を離れました。
巣立ちの家。
静かになりました。

静かどころか、自宅一戸建ての手入れも重なり、ひとりになって約1年。
そうなのです。
持ち家がありながら、子どもたちの生活環境の変化により飛び込んだ、賃貸マンションだったのでした。
やがて私は自宅に戻ることを決め、このマンションを後にしました。
短いけれど、私にとってはかけがえのない「自分のための季節」でした。



