
2018年12月。
乳がんの全摘手術を前に、家族の反応はそれぞれでした。
ちなみに手術当日は、偶然にも私の45歳の誕生日でした。
妹に感じた距離|保証人の電話で冷めた気持ち
妹は首都圏で一人暮らしをしています。
姉妹は私たち2人だけですが、私の病気に対して、特に関心がある様子はありませんでした。
入院の日になって、手術の同意書に保証人が必要だったことを思い出しました。
慌てて妹に電話をして、「名前だけ貸してほしい」と伝えました。
返ってきたのは、「今仕事中」という一言。
そのまま電話は終わりました。
そのとき、ふっと思いました。
「ああ、もうこの人には連絡はしないだろうな」と。
書類には、そのまま妹の名前を書きました。
一応伝えたし、これでいいだろうと思いました。
とてもがっかりしました。
明日は手術です。
考えても仕方がないと頭ではわかっているのに、気持ちはどうしても落ち着かず、イライラが消えませんでした。
母のペースと、すれ違う気持ち
母は、どこかふわふわしていました。
もともと話を理解してもらうには少しコツがいる人で、独特のペースがあります。
そのせいか、手術の話をしていても、状況があまり伝わっていない様子でした。
励まそうとしてくれていたのかもしれません。
でも当時の私には、それが少しだけ負担に感じてしまいました。
家で一緒に暮らしていたのは、母と子どもたちです。
娘の存在が救っていた空気
娘は、私の乳がんがわかると寮を出て帰ってきて、「いろいろおまかせあれ」という空気をまとっていました。
ただ当時の私は、
「寮が息苦しくて戻ってきただけでは?」と、少し冷めた目で見ていたところもありました。
けれど今思うと、娘は家のムードメーカーでした。
重くなりがちな空気を、どこかで軽くしてくれていたのだと思います。
子どもたちは、それぞれの形で不安を抱えていたはずです。
特に小学生だった息子は、病院に一度も来ませんでした。
繊細な子ですし、きっと怖かったのだと思います。
家族でも、同じ温度にはならない
今振り返ると、家族のスタンスはこんな感じでした。
そして思うのは、手術の前という時間は、きれいな気持ちだけでは、とてもいられないということです。
乳がんの手術については、国立がん研究センターの解説も参考になります。
乳がん治療の記録をまとめています。


