2005年、Flickrで海外のクリエイターに「全部好き」と言われた話
昔、夢中になっていた自分のFlickrを、ふと見返しました。
Flickr(フリッカー)って?
Flickrは、2004年にカナダで誕生した写真共有サービスの先駆けです。Instagramやスマホが普及するずっと前から、世界中のフォトグラファーや写真好きが集まり、自分の作品を公開したり、お互いの写真にコメントを送り合ったりしていました。
当時の私たちが、言葉の壁を越えて「写真」という共通言語でつながることができた、とてもクリエイティブで刺激的な場所だったんです。
もうログインもできなくて、画面の向こう側に手が届かない感じだけが残っています。
でも、その中にひとつだけ、どうしても忘れられない言葉が

i fucking love her, her daughter and her photos.
海外のクリエイティブディレクター、Norman Hathawayが、私のプロフィールに残してくれていた一文。
Testimonial(テスティモニアル)= 推薦文です。
まっすぐな言葉。
これはたぶん、「写真がいい」という意味だけじゃない。
作品と生活の境目ごと、まるごと肯定されたような感覚でした。
そして、別の方によるコメントでは、
「幼い。でも、それを恥じていないのがいい」
そんなニュアンスの言葉も残っています。

あの頃の私は、少し幼くて、無防備で、どこか危ういバランスのまま立っていました。
今もだけど。
2005年という時代を思うと、なおさらそう感じます。
写真学科の記憶と、35mmフィルムへのこだわり
当時、私はすでに学生ではなくお母さん。
それでも大学の写真学科で過ごした時間(在籍は1996年頃まで)の感覚は、ずっと残っていました。
だから、いま思えば少し面倒くさいくらい、写真にはうるさかったと思います。

すでにコンパクトデジタルカメラは持っていました。
それでも、わざわざ35mmフィルムで撮って、スキャンして、PCで整えてからアップしていたのでした。
創作を仕事にしない選択。それでも消えなかった表現欲
創作は好きでしたが、それを仕事にする道は選びませんでした。
同級生の中には、出版社や新聞社に進んだり、スタジオでアシスタントとして働いたり、写真の道に進んでいる人もいました。
もちろん全員ではないけれど、その世界はなかなか厳しそうに見えたのです。
だから私は、最初から、カメラマンになることは諦めていました。
あの一言は、ただ受け取って終わりにするには、少しもったいなかったのかもしれません。
コメントを書いてもらって、写真に反応をもらって、遠い日本で、それをニコニコしながら読むだけでした。
それだけで、十分に励みになっていたのです。
たった一言のやり取りが、当時の私を支えていた
ベーグルが好きだと書いたら、ノーマンも好きだと。
たったそれだけのやり取りなのに、少しだけ距離が縮まった気がしていました。
遠くにいる相手と、同じものを好きだと確かめ合える幸せ。
いま、そのアカウントにはログインできません。
ちゃんと手続きをすれば取り戻せるのかもしれないけれど、まだそこまではできておらず。
これは“褒め言葉”というより、“世界観ごと肯定された記録”でした。











