映画『ツイッギー』を観て。76歳のアイコンは今も現役だった

那須に住む、大好きな友人から教えてもらった映画『ツイッギー』。
彼女とは大学で知り合い、好きなものがよく似ていて、たくさんの文化を共有していました。
なので、もちろんツイッギーの話もよくしたものです。

バラカンさんによると、現在のツイッギーがまたとても素敵でいい!と絶賛してたよ!

とのことで、熊本での上映を心待ちにしていました。
でも、前知識入れずに行きたいな、と映画の公式HPをチラッと覗いただけにしておきました。

TWIGGY ツイッギー
ファッション界を変えた永遠のアイコン

映画「ツイッギー」上映館

ようやく観ることができました。
はじまって、1949年生まれ、と出てきて、母と同じ歳だと驚き。

戦後の空気、高度成長期、1960年代の若者文化。
もちろん生きた国は違うけれど、同じ時代の風を浴びてきた人なのだと思うと不思議な気持ちになりました。

現在のツイッギーが前評判通り、とってもよかった。
ポッドキャストを配信し、今も現役で活動しています。
過去の栄光を語る人ではなく、現在進行形で生きている人だったのです。

映画の中で、シワもそのままでいいというような言葉を語る場面がありました。
それにも強く共感しました。
若さの賛美ではなく、年齢を重ねることへの肯定。
だからこそ、彼女は魅力的なのだと思います。

そして、他にないツイッギーのチャーミングな魅力のひとつ。
笑顔。
世界にセンセーショナルな風を吹かせた頃から今も変わらず、豪快に笑うのです。
私もよく大きな声で笑います。
たまに、微笑みくらいの方がいいのかな?と振り返ったりしていましたが、肯定されたように思いました。

若い頃のインタビュー映像も胸が締めつけられました。
まだ無名だった頃のウディ・アレンから、どこか品定めするような質問を受けた場面。
ツイッギーは少し苛立ちながらも、軽快に切り返します。
頭の回転の速さとユーモア。
ただのファッションアイコンという雑な扱いに、こちらまで涙が滲みそうになるのを抑えながら、見守りました。
人はもっと複雑で、面白い。
ひとつの肩書きやイメージだけで語られてしまう瞬間に、私はいつも少し胸が痛みます。

映画「ツイッギー」のパンフレット

ツイッギーの影響なのかは分かりませんが、ずっと中性的な魅力に惹かれます。
女性らしさよりも、人としての美しさ。
豪快に笑う姿も、軽やかな受け答えも、そこにあったのは「こうあるべき女性像」ではなく、ひとりの人間としての魅力でした。
やっぱり、これでいいんだ。

豪快な笑いと言えば、当時の恋人の話です。
モッズ文化の真っただ中。
「彼女とスクーター、どちらを選ぶ?」
そんな質問に
「スクーター」
と返答されたことを、笑いながら振り返っている姿。
その軽やかさが、またよかったんですよね。

観客席を見渡すと、半分以上はツイッギーと同世代と思われる人たちでした。
彼女と同じ時代を生きた人たちが、その人生を見届けるように映画館へ来ている、その光景もまた印象的でした。

同じ時代を駆け抜け、それぞれの人生を重ね合わせながらスクリーンを見つめるその空間そのものが、もうひとつの美しいドキュメンタリーのようでした。

この映画の監督作品を観るのは実は、2作目でした。
あれ?この感覚、もしかして?と感じて調べました。
3年前に観た『マリー・クワント スウィンギング・ロンドンの伝説』も同じサディ・フロスト監督だったのです。

映画「マリー・クワント スウィンギング・ロンドンの伝説」を観に行ったときの館内

ファッション革命を起こしたデザイナー、マリー・クワントに迫るドキュメンタリー。
この映画も最高でした。

亡くなる前のヴィヴィアン・ウエストウッドも登場。
大量生産、低賃金労働、売れ残った服の廃棄。
そんな現実を語りながら、「本当に必要な服を」と抗議活動に参加している姿でした。

ツイッギーもマリー・クワントも、単なる懐古趣味ではありません。
1960年代を象徴した人たちが、今をどう生きているか。
強く惹かれます。

だからこの映画は、昔のスターの物語というより、年齢を重ねてもなお、自分の現在を生き続ける人の映画でした。

関連記事