ふと、今の自分にとって恋愛って何だろう、と思った。
恋愛を書くにあたって、使えそうな写真がないかな、とアルバムを探してみた。
ところが。
ない。
恋愛っぽい写真が、一枚もない。
誰かと撮った写真。
夜景。
手をつないだ写真。
レストラン。
花。
海。
匂わせっぽい後ろ姿。
私の持っている写真は、
猫!
本!
服!
建物!
道具!
旅!
暮らし!
「恋愛について書こうと思ったので、恋愛っぽい写真を探しました」
↓
「ありませんでした」
仕方がないので、本棚を探した。
すると、あった。
安彦麻理絵の『色恋』。
この本を手に取るのは、もう10年以上ぶりだと思う。
恋愛は、今でも好き
今の私は、恋愛が必要で仕方ない、という状態ではない。
でも、だからといって恋愛そのものを否定しているわけでもない。
何しろ私は、若い頃からセルジュ・ゲンズブールにどっぷり浸かってきた。
あの人の恋愛観や女たちとのあれこれまで含めて好きなのだから、恋愛に対して潔癖なはずがない。
「エミリー、パリへ行く」だって好きだ。
パリで仕事して、服着て、食べて、恋愛して、また仕事して。
ああいうのは普通に楽しい。
宇野千代も。安野モヨコも。
つまり私は、恋愛そのものは好きなのである。
ただ、自分が今すぐ恋愛を必要としているかというと、そうでもない。
ここが少しややこしい。
ぶっ壊れるほどの恋愛なら、それもいい
ぶっ壊れるほど面白い恋愛がやってきたら。
それはそれでいい。
人生なんて、何が起こるかわからない。
それくらいのものが現れたなら、今までの予定表なんて一回ぐちゃぐちゃになっても構わない。
ただし。
一向に現れる気配がない。
ここが問題である。
「自分の生活を大切にしているから恋愛しない」のではなく、
現在、特に恋愛案件が発生していない。
それだけの話でもある。
求人票みたいに「恋人募集中」と貼るほどでもないし、かといって「恋愛お断り」の看板を出しているわけでもない。
ただ、何も来ない。
静かである。
左薬指には、魔除け
そして私は、左薬指に指輪をしている。
自分でつけている。
結婚指輪ではない。
誰かに、
「これは私が私の人生の主権を確認するための象徴でして」
などと説明したことはない。
私の中では、まあ、
魔除け。
そのくらいの感じである。
何の魔除けなのかは、私にもよくわからない。
恋愛そのものを追い払いたいわけでもない。
たぶん、「妙なものが勝手に入り込んできませんように」くらいだと思う。
とはいえ、そもそも今のところ何も来ていないので、魔除けの効果については検証不能である。
楽天的に考えれば、もしかしたら効果があって、ムダ恋をせずに済んでいるのかもしれない。
恋愛以外にも、けっこう楽しい
仕事をして、猫と暮らして、家のことをして、文章を書いて、好きなものを買って、音楽を聴いて、どこかへ出かける。
もし、プリウスがダメになったら。
コペン GR SPORTは、もうすぐ生産終了だけど、後継が現れるかもしれない。
それまではプリウス、どうにか持ちこたえてくれ。
そうなると、延々と調べてしまう。
そして、これなら毎日の通勤も阿蘇も楽しいだろうな、と考える。
オープンにして、やまなみハイウェイを走っている自分を妄想してみたりする。
ロンドンフィルターを通してみる。
このフィルターは、私が何かを考えるときの基準である。
対象物をロンドンに置いてみた場合、どのような見え方をするか。
ロンドンフィルターOK出ました!
それだけで、けっこう楽しい。
だから恋愛をしていないことによる「不足感」は、あまりない。
でも、
「もう恋愛なんていらない」
とも思っていない。
そこまで達観していない。
セルジュ・ゲンズブールを聴いて育って、恋愛ものの映画や書籍も楽しんできた人間が、急に
「色恋など不要です」
という顔をしても、説得力がない。
どんな人なら、面白いだろう
そもそも、こういう話は本来、年頃の娘がするものなのかもしれない。
「彼氏がさー」
「この前、こう言われてさー」
「これって脈ありかな?」
みたいな。
そう考えてみると、私には恋人に求める条件らしい条件が、ほぼない。
年収がいくらとか、身長が何センチとか、そういう話でもない。
この人といると、世界が面白くなる。
話していると妙に面白い。
知らなかったものを教えてもらえる。
こっちの好きなものを面白がってくれる。
「私たち、何もかも同じ♡」ではなく、
「そこ、私には全然わからない。でも、あなたがそんなに好きなのは面白い」
という関係でもいい。
自分の世界を持っている人で、こちらの世界にも土足で入らず、でもキャッチボールができる。
そういう人がいたら、恋愛になることもあるだろう。
ならないこともあるだろう。
予測は不可能である。









