
「ライブに行けば楽しいのに、もったいない」
音楽好きの人に、時々そう言われます。
確かに、大好きなアーティストの生の熱気や、地鳴りのような重低音を現地で浴びる快感は、何物にも代えがたいのでしょう。
でも、身長153センチの私にとって、スタンディングのライブ会場は「他人の後頭部と背中の壁」です。
それに、聴覚や感覚が少し過敏なところがあるので、コントロールできない爆音や、周囲とノリを合わせなければいけない一体感が、楽しさを通り越して「過酷な修行」のようになってしまうのです。
だから私は、家で聴きます。
自分が一番リラックスできる特等席で、大好きな音楽を、一番美味しい方法で味わいます。
2021年の夏、フジロックフェスティバルがYouTubeで生配信された夜のことは、今でも宝物のように覚えています。
ダイニングテーブルに、私だけの特等席を
最終日、電気グルーヴの緻密で最高にカッコいいサウンドを、一番いい環境で迎え撃ちたかった。

パソコンの画面の向こうには、苗場の熱いステージ。
でも、私の手元にあるのは、お気に入りのガラスの器に注いだ冷たい飲み物と、彩り豊かな夏野菜の糠漬け。
立ちっぱなしの疲労も、人の波に押されるストレスも、耳を突き刺すような爆音の鋭さもありません。
好きな椅子に腰掛け、大好きな音に100%没頭できる、完全な安全地帯。
これ以上ない、贅沢なプライベート・最前列がそこにありました。
そして当時中学生の息子の帰りをまだかまだかと待っていました。
玄関を開けた瞬間、始まったふたりだけのフェス
カチャリと玄関の鍵が開き、息子の足音が聞こえました。
私は、弾む声で玄関へ駆け出しました。
「おかえりー!電気グルーヴだよー!早く、早く!」
私の興奮した様子を見た息子は、状況を1秒で察したのです。
カバンを置くやいなや、彼は無言でリビングへ向かい、家中の明かりをパチパチと消していったのでした。
カーテンのウェーブ模様が、暗闇の中にぼんやりと浮かび上がります。
パソコンのモニターから漏れるサイケデリックな光だけが、部屋を照らします。

次の瞬間、息子は暗闇の中で、誰の目も気にせず、自分のステップで思いっきり踊り出しました。
これが、私の正解
現地に行かなければ、フェスを体験したことにはならないのでしょうか。
いいえ、全然そんなことはありません。
あの夜、家のひと部屋で、私たちは間違いなく苗場の風を感じていたし、世界で一番純度の高いダンスフロアを作り上げていました。
「行けば楽しいのに」
そう言ってくれる人の優しさも受け取りつつ、私はやっぱり、ふかふかの椅子とお気に入りのグラスがあるこの部屋を選びます。
今夜も大好きないろんな音に溺れながら、私は私の、最高に贅沢なホームフェスを更新し続けています。



